
一足早い桜の花便り
2025年2月
梅は咲いたか桜は未だか~♪と思いにふけっていたら静岡の農家さんからお知らせがきた。無農薬の夏みかんを買いついでに赤ピンクの河津桜の早い春に出会えて毎年の事ながら嬉しい。カクテル割りにも使える花梨の酵素ジュースは年間用にストックするが、夏みかんは今だけ使う量を買う。品種改良が多い中、甘いだけでなくツンと爽やかな香りと酸っぱさは肉ソースやドルチェに欠かせない。ぐる~っと伊豆半島を回り下田に滞在していたあの頃、ウルトラ生のジュース売り場が河津桜のそこにある。いつしか甘い品種になってからは素通りだけど、苦み走った夏みかんをグイ~っと飲んでエネルギーチャージしていた父の顔を見るのが子どもながらに楽しかった。三宅島へは晴海港から、土肥から下田に回る時は、昔は田子の浦からカーフェリーに乗り波しぶきを船の窓から見て楽しんだ。妻良や戸田の朝の地網で採れた魚や石鯛釣りの餌用のサザエを寝起きで見に行って、動かないと思ったヒトデが動いて痛かったのを未だに鮮明に覚えている、やられたと(笑)。甲府の駅前の寿司屋で初めてカウンターに座らせて貰った時、お嬢ちゃん何する?って聞かれ母が好きなの言ってごらんと。でサザエと言ったら板前さんがビックリしたようで、父はニコニコ笑って。美味しい物好きは小さい頃から仕込んでくれた親からのお陰様の世界である。ドップリと山の中にいるから海が近ければイイのにと理由付けてはセッセと足を運んでいる(笑)。
さて野菜も何もかも物価高である。米も政府が買い占めているのか伊豆いや何処に。兎に角家庭菜園でも自給自足にシフトくださいと伝えている。庶民のラーメン店も今潰れてる。スープに精魂込めて作る頑固おやじのラーメンは莫大なガラ用のブツが必要。ドミナント方式と言うのがあるが、その地域の下調べをし自社をそのエリアに集中させ出店する、成功を勝ち取るなら厭わない方式ではっきり言えば同業者潰し。弱きものは強いものに巻かれる世の常である。でも物価高の中そんな事にもできていない。庶民のラーメンを高額にするのは壁がある。ここにも壁。原価も落とさず値上げもせず窮地に立たされるが、それでもファン層の多いチェーン店は悠々と価格を上げ経営している。存続して欲しいが為に個人店を応援したくなる。と言うのもラーメン好きな私は昔撮影の仕事の合間にわざわざ下北沢の海老味噌が入ったラーメン店に並んだ事もある。素材のスープの定見には頑固おやじと同じくらいだ(笑)。
ラーメン愛は未だ続く。もう十数年も前の事、フランス帰りの料理人が甲府に店を出したが客足が悪く閑古鳥状態で行き着く所まで落ちてしまった。知り合いのアドバイスで死ぬ気でラーメン屋をするように、であった。本人の葛藤は相当なものであったと思うがあれから成功し都内で営業されてると人伝に聞いた。私の家の近くの20号線は中部横断道が通る前は、そこで商売出来れば東京でやって行けると迄言われた場所で飲食店が並んでいた。修行で鍛えたコンソメやハーブの繊細なスープを、庶民対象へと切り替えるにはスゴイ覚悟だったろうなと思っている。そんなこんなのよもやま話を調理師学校の校長と話していた時、授業から外れて豚や鶏ガラに3倍量の野菜たちを寸胴鍋に入れ込んで賄いで職員ラーメンを作って食べた時の事、校長が真顔で私に学校の隣にラーメン屋を併設しないかと、今でも面白可笑しいが思い出話である。
こんな事に回想している時がフツーに幸せと思う。今の世情から現実逃避する訳でもないが、ネットもニュースも規制制限、企画通りに作られているから半分半分に聞けばいいと思いつつ過ごす。いつしか当たり前に真実が報道されている..その日が来た時私たちは新しい時代を迎えたと思うのだろう。人の病も気八分程。そう病は気から。これだけ医療も科学も発展しているのに人体が進化しない訳がないと(笑)。ヒトの体の中枢にある細胞は思った以上に次元的にも進化していると言うことを伝えたい。今の古いタイムラインに物理的に体質的にも精神的にも適応できない子が多くいる。欠けているのか秀でているのかではなくそう言う時代に入ったと受け止めれば安寧である。体の中の造りは実に単純明快、勿論生体生理の臓器化学理論はあるけれど人の構造はイソギンチャクのような筒形、皮膚と内臓が繋がっているので(笑)、食べる→途中経過の栄養吸収をちぃ~とばかり吸収して→出す。そんな風に思って頂いて化学添加一切無しに素材の旨味を活かし調理し摂取する。外食が続いた時は万能ニンニクや薬味スパイスでデトックスを!酸素を送るには良い環境下での空気を入れ込んでフッフッ~と吐き出す頭の中がスッキリする迄。やる気元気の氣を整え、後は細胞さんにお任せして血液循環して貰う。
意識と言う名の精神性のエーテル体構造に肉体が宿っているだけ。その中の生き方であるから、ちょっと外れた話なので飛ばして読んでイイ(笑)、チャクラと同じ色「人の体の中にはな、7つの光があってな、節目節目に使うと楽に生きられるんだが、一気に仕事やら人の持つ欲(3欲の事ね)に使うとスッとあっちに逝っちゃうんだよ」と。そしてその亡き行者さんから氣の入れ方、瞑想し合掌した手を横に広げて。表現はチト違うが伝授頂いたつもり。母方の明野の1千寺開眼した修験者や父方の般若心経の不動明王を祀った叔母さん方がギャラも払ってないのに勝手に夢に出てくるから笑えるが、そんな事もお構いなく熱性体質の私は寒い冬の中アイスクリームを今日も1個でガマンガマンと言いながら食べその氣なるものを調整している(笑)。氣の元は五感に係わる言葉や奏でる音その波動、可視の色にもある。幼子が転んだ時に親は痛いの痛いの飛んでいけ~と言う何気ない言葉の中に親の手から出る念波つまり氣。思いを言葉にして痛みが飛ぶ意識のエネルギー。今だから通じる正負の+-信号の電波である。手を当てるそのままの表現手当療法、そのたわいも無いかのようなものが上古代人からの伝統医学。これは古代文字に残されていて神社のカタカムナを表す言霊を言う。日本種族の霊性を表していると思って頂ければ良い。手から波動を伝えるには触らなければならない、講座でツボの説明はしたとしても無暗に生徒に触るのは変なオバハンになってしまう。それより与えた代償に私は異常体質なのか負の波動を貰ってしまう事もあるので触らぬ神に祟りなし、実に障る、なので触れずにしたいもの(笑)。
細胞の中の正負のデータは血球に送る酸素つまり水によって調整されるが死滅した細胞を食い殺すオートファジーの仕組みも免疫に役立つ。タンパク質は栄養素としてだけでなく細胞の再生機能に重要な事だから肉なる食材は必須。血流が滞る瘀血の先に待っているのは腫瘍や癌である。未だ保険外かと思うが゛自分の血液から樹状細胞と言う培養をした後にまた体内に戻す免疫療法が最終手段にはある。副作用を考えると抗がん剤の使用が決していい訳ではないと言うのもある。未病予防の食事が基本である。本来のバランスの良い和食を日本人自身が知らしめなくてはと思う。野菜も肉も腐る、腐敗菌になるか有用菌になるかは体内の常在菌が強固であれば外敵は対処できる、その腐敗と発酵を振り分けるには神さまからの氣なる手が入って作られたと言うお神酒、日本酒に欠かせない麹や酵母菌である。日本に分布する独自のカビでありその有用菌を摂り入れ普段の食から先ずは体質改善をする事である。ビールが好みと言う場合も冬のビールは胃腸を真髄まで冷やしてしまうので気をつける。
お腹の中は100兆もの細菌種族の私たちだから、進化し続ける理由はそこにある。新薬が出ようが毒薬を入れようが古来の薬草を見直す事の方向性を望む。南極の氷は温暖化類ではなくポールシフトの影響か一部溶けているようだが。遥か昔悠久の青い空と水で固まった氷が溶ければ、次元が違う水と大気で清々しいイメージ。眠りから覚めた氷が水龍のようにキラキラ流れる様は想像しただけでもワクワクする失礼(笑)。純度の高い水は凍るとキレイな真ブルー色。八ヶ岳から流れ出る湧水が長野蓼科やこちら山梨側のあちこちでカチンコチンに凍って、それはそれは限りなくブルーで素敵である。オーバーやな(笑)。
人が人として生きる時間の地軸。父は太く短く逝っちゃったけど母の年齢迄には未だ30年もあるこれは大変、今から世界を旅する為にも頑張らねば(笑)。ま、今しか生きない心情の私は過去も未来も見ないフリをしているだけかも知れないが、その方が楽な生き方である。時を分かち合う人たちに恵まれ春になれば秋撒きで準備した花芽たちがまた伸びて来るだろう。そんな折、春からの民家のサポーター役がつい先日亡くなってしまった。気にしていた治療を終わり静岡から引っ越す予定だったが。セカンドオピニオンとしてカウンセラーを受けるのも構わない。しかし間違った意識の闇の民間医療もある。先月会った時にその話に違和感を感じ止めるよう伝えたが遅かった。立春を待たずしてのご家族からの連絡。体制が整わず畑のスタッフもそんなこんなで全部入れ替わったのでまた振り出しになってしまった。困っていた矢先賛助会員さん方が段取りして手伝ってくれるとの事。本当に有難い事、感謝である。
人生には紆余曲折が付き物だがこの地球で体験し学習しなければ勿体ない。人生謳歌して、いや遊んでなんぼ(笑)。崩れる物はとことん落ちても結構、この先は待ちに待った古き良きものとテクノロジーが合体した世界構図が出来るだろう。霊性を忘れた縄文精神の日本人、目に見えない非科学の世界も量子物理学と科学の逸物相対に考えなければならない時に入っている。ここの店舗からお客様と見たUFO物体、たまたまTV局MCに送った動画が尺の長い取材と同時に放映されてしまった。いつもの事だから余りビックリなさらないでと、あっ言っちゃった、あとの祭り。話を元に戻す(笑)。腫瘍やガン患者も度々来られる。奈良時代に疫病や流行病で多くの人が亡くなり神社仏閣を建てた時代の背景と人々の心情。今の病院の礎の施薬院ができた。おこがましいがここは生きる為の体づくりの食体験場所としていて療養の意識でいる。病院に勤務していた頃のように「お大事にどうぞ」のご挨拶が私には何故かしっくりいく感じがしている。ま、どなた様も美味しく食べられて笑顔になってお帰り頂ければ嬉しいと。またパタパタ打ち込み過ぎ。今夜もお付き合い頂き有難うございました。 Miyuki